オープンハウスとはなにか
築家の作品のオープンハウスの情報を昨今よく耳にする。以前は見学会または内覧会と言うことのほうが多かったが、建築家が竣工直後に知人を招いて自作を公開するイヴェントのことである。販売が前提の不動産業者が主催するオープンハウスとはまったく趣旨が異なり、作り手が、おもに同業者に対して作品を公開し批評を請う、元来は内輪の会といった性格の強いものである。
住宅などのプライヴェートな施設の場合においては特に、建主の入居後に関係者以外が内部に入ることはほとんどないため、見学のための貴重な機会となる。
もちろん、雑誌発表などで紹介される機会はあるものの、すべての建物が発表されるとは限らない。また写真と実際の建物では情報量が異なるうえに、伝わる内容も変わってくる。作品の是非を問うのに、実作より写真を見せたいと思う建築家はいないであろう。
オープンハウスには、場合によっては100人以上の人が一日に訪れる。そう考えると、招く側にとっては一回限りの舞台のような緊張感のある晴れの催しである。ただ、完成したものを披露するわけで、その場ではなにもなしえないせいか、たいていが終始和やかな雰囲気である。
見学会の参加者は同業の建築家、建築学科の学生、雑誌編集者などである。思えば、ごく普通の住宅街の一角において黒っぽい服の人々が群れ、吸い込まれていくのは、一般の人から見るときっと異様な光景である。玄関からあふれる靴、記帳ノート、軍手姿での建具の開け閉め、内外の写真撮影はもちろん、かなり寄りのディテール撮影、作り手への質問の数々。筆者の設計したある住宅のオープンハウスの際、居合わせた建主は目の前の光景にしばし目を丸くしていた。住宅が鑑賞の対象であり、作り手の思惟を表出しうることにあらためて驚き、建築の見え方が変わったという。
しかし近年、見学者が増えるのと同時にそのあり方も多様になってきている。ある著名な建築家のオープンハウスには、住宅でも200人以上の人が集まるという。メーリングリストによる案内はもちろん、ウェブサイトでも告知しているため、知り合いの建築家、学生だけでなく、面識はなくてもその建築家に設計を依頼したいと考えている人や、建築愛好家なども含まれるという。一般雑誌が建築をしばしば特集し、一般の人の建築に対する興味が高まってきたあらわれである。特殊な例としては、賃貸部分の客付けのための内覧と同時に行なうもの、さらには近隣住民に案内を配布し、交流を図るケースもあるようだ。
長い期間を要する設計活動において、竣工は建築家にとって最もエキサイティングな瞬間のひとつであるが、時間と労力をかけて育ててきたものから手を引く寂しさも同時に味わう。結婚式の父親の気分、というのはちょっとためらいもあるが、類似するのは感傷だけではない。結婚式は庇護のもとにあった子供を披露し、世間との関係を改めて結び直す儀式である。オープンハウスは、建築家と建主のあいだの、ともすると建築家だけのドメスティックな存在であった作品を公に開き、社会に結びつける手続きといえる。その意味で、このイヴェントの呼称は見学会よりオープンハウスがふさわしい。
ところで、オープンハウスにもマナーがあることは知っていてほしい。あくまでも、建主の好意で実現可能なイヴェントであるから、建物を汚さない、傷つけないのは当然として、建主がいる場合もあるので、極端な批評や中傷は慎むべきであろう。設計をしたことのある人間にとっては当然の配慮であるが、まれに一部の学生などに心無い見学者を見かけることもあると聞く。
一人の建築家として、建築関係者のみならず広く一般の人々にも、家を建てるつもりがなくともオープンハウスに参加して、身近に建築空間を体験してもらいたいと思う。舞台や美術を鑑賞するように一般の人が楽しみのひとつとして建築を体験する社会は、きわめて健全であるし、優れた建築を生み出す環境となると考えるからである。
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